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名古屋地方裁判所 平成4年(ワ)3836号 判決 1996年3月22日

原告

伊神喜弘

右訴訟代理人弁護士

浅井正

竹内浩史

藏冨恒彦

山本秀師

福井悦子

被告

右代表者法務大臣

宮澤弘

右指定代理人

加藤裕

他六名

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  原告の請求

被告は、原告に対し、金二〇万円及びこれに対する平成四年一〇月二三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、名古屋地方裁判所平成四年(わ)第一〇〇四号詐欺・窃盗被告事件(以下「本件刑事事件」という。)の被告人Sの弁護人の立場にあった原告が、受訴裁判所(名古屋地方裁判所刑事第六部・裁判官K)に対し、平成四年一〇月二一日、本件刑事事件公判期日(平成四年一〇月二三日午後三時)終了後の接見を申し出た(以下「本件接見申出」という。)ところ、担当裁判官であったK裁判官(以下「K裁判官」という。)が、「名古屋地方裁判所第五〇一号法廷(以下「本件法廷」という。)において、平成四年一〇月二三日午後二時三〇分から三時までの間の接見を認める。」旨の指定をした(以下「本件処分」という。)ことにつき、原告が、本件処分はそもそも刑事訴訟規則三〇条の「指定」に該らず、仮に「指定」に該るとしても、名古屋地方裁判所には接見室が存在するのにもかかわらず、法廷を接見場所として指定した本件処分は違法であり、本件処分によって原告の弁護人としての固有権たる秘密交通権(刑事訴訟法三九条一項)が侵害されたとして、原告が、被告に対し、慰謝料請求をした事案である。

一  原告の主張

1(一)  名古屋拘置所長の違法行為

名古屋拘置所長は、平成四年一〇月二一日当時、それまでの過去五、六年間にわたり、「被疑者または被告人の身柄が裁判所内の同行室にある場合、裁判所内の接見室に覗き窓がないことから身柄の管理上問題があるので弁護人の裁判所内の接見室における接見を許さない。」旨を言明していた(以下本件名古屋拘置所長の行為」という。)ところ、K裁判官は、本件処分において、本件名古屋拘置所長の行為を理由に、原告の本件接見申出を拒絶し、その結果原告の秘密交通権が侵害されたのであるから、右損害は、本件名古屋拘置所長の行為に起因しているということができ、本件名古屋拘置所長の行為は、本件処分と共に、不法行為を構成する。

(二)  K裁判官の違法行為

(1) 裁判官は、当該裁判官に係属中の事件について、裁判所内での弁護人と被告人との自由な秘密交通権を実現するために、接見室での接見を認めるべき義務を負っている。

ところが、K裁判官は、裁判所内の接見室に覗き窓がなく身柄の管理上問題があるという理由により、原告と被告人Sとの接見室における接見を認めなかった。

右のK裁判官の不作為は、秘密交通権を侵害する違法行為であり、故意または過失が存在する。

(2) 確かにK裁判官は、法廷内での面接という代替策の提案を原告にしているが、本件においては、刑事訴訟規則三〇条に規定する「逃亡、罪証の隠滅のおそれ」が存在しないのであるから、このような提案をすること自体、違法であり、かかる提案は同条の「指定」の名に値しない。

また、法廷内ではその構造上、必然的に拘置所職員が戒護のために弁護人と被告人との接見に立ち会うこととなるので、このような場所での接見指定は秘密交通権の保障された接見とは同視できないし、右指定は指定書をもってなされたものでもないので、刑事訴訟規則三〇条の接見指定には該当しない。したがって、本件処分は、接見拒否である。

(3) また、仮に、本件処分が、同条の規定する接見指定であるとしても、以下の理由により、本件処分は、実質的に秘密交通権を侵害するものとして、裁量権の範囲を逸脱する違法があった。

① 本件において、原告が、弁護活動の必要から公判終了後の接見を申し入れたのに対し、本件処分において、これを公判前と指定することは、実質的に接見を否定するのに等しい。

② また、同条の接見指定においては、裁判官は弁護人と協議する義務を負うと解されるところ、本件処分の際、K裁判官は、原告と何ら協議の機会を設けず、一方的に公判前と指定し、協議義務に違反した。

③ 接見場所を法廷とし、秘密交通権の保障の観点から拘置所職員を法廷から排除した場合には、被告人ないし被疑者の逃亡の可能性、被告人ないし被疑者からの危害を受ける可能性を否定できず、このような戒護の観点からすれば、弁護人との接見の場合といえども拘置所職員を立ち会わせざるをえないので、結局秘密交通権を侵害することになる。

(三)  名古屋地方裁判所長の違法行為

名古屋地方裁判所長Eは、名古屋地方裁判所の司法行政の長として、同裁判所内の施設管理権を有するものであるところ、本件名古屋拘置所長の行為により、接見室における接見が不能な状態が続いていたのであるから、名古屋拘置所に対し、その不合理性を指摘して、裁判所内の接見室で弁護人と被告人ないし被疑者との接見を実現すべき義務を負っていたというべきである。ところが名古屋地方裁判所長は、その義務に違反し、名古屋拘置所の不合理な言分を長期間放置したものであり、このために、本件処分により原告の秘密交通権が侵害される結果となったのであるから、右の名古屋地方裁判所長の義務違反は、違法行為であり、本件処分、本件名古屋拘置所長の行為と共に不法行為を構成する。

2  原告は、名古屋拘置所長、名古屋地方裁判所長、K裁判官らの前記共同不法行為により、同人の弁護人としての秘密交通権の行使を妨害された。そのため、原告が被った精神的損害は、二〇万円を下らない。

二  被告の主張

1  名古屋拘置所長の違法行為について

原告主張の事実を否認する。

2  K裁判官の違法行為について

(一) 本件処分の適法性について

裁判官が接見室での接見を認めるべき義務なるものは存在せず、本件処分は、当時、被告人Sにおいて、逃亡、罪証隠滅又は戒護に支障のある物の授受を防ぐために必要があったことから、刑事訴訟規則三〇条により、法廷を接見場所として接見指定をしたのであり、何ら違法な行為には当たらない。

しかも、本件処分においては、原告と被告人Sとの接見の際、拘置所職員は、法廷の外から戒護し、法廷内には、原告と被告人Sのみが存在するという状況で接見がなされる予定になっていたのであるから、何ら秘密交通権を侵害するものとはいえないものであった。

(二) 裁判官の職務行為が国家賠償法上違法とされるためには、単に法令違反の存在のみでは足りず、当該裁判官が違法又は不当な目的をもって職務行為をしたなど、裁判官がその付与された権限の趣旨に明らかに背いてこれを行使したと認めうるような特別の事情が存在することが必要であるところ、このような特別な事情は本件処分においては、存在しない。

3  名古屋地方裁判所長の違法行為

原告主張の名古屋地方裁判所長の不作為の前提となる名古屋拘置所長の行為が存在しないので、原告主張の義務が発生する余地はない。

また、そもそも刑事訴訟規則三〇条の接見指定は、個々の事件についての受訴裁判所に接見場所についての裁量を認めたものであり(専権的決定事項)、名古屋地方裁判所長が、接見の場所は接見室でなければならないとして、原告主張のような行動をとることはありえず、そのような行動をとるべき義務はない。

三  原告の請求の当否を判断するに際し検討すべき事項

1  本件処分が刑事訴訟規則三〇条の「指定」に該当するか。

2  本件処分に同条の裁量権を逸脱した違法性があるか(本件処分により原告の秘密交通権が侵害されたか。)

3  被告らの行為についての国家賠償法上の違法の要件の有無(裁判官がその付与された権限の趣旨に背いてこれを行使したものと認めうるような特別の事情の有無)

4  損害の発生の有無及びその程度(慰謝料の額)

第三  当裁判所の判断

一  本件処分が刑事訴訟規則三〇条の「指定」に該当するかについて

1  原告が、本件処分が接見拒否に該るとする理由のうちの本件処分が書面をもってなされていないとの点について、まず検討する。

刑事訴訟規則三〇条は、「指定」の手段(書面か口頭か)について、何ら限定していないのであるから、これらについては、担当裁判官の裁量権の逸脱による違法の問題があることは格別、もっぱら担当裁判官の裁量に委ねられるものと解され、担当裁判官が何らかの方法で、接見の日時、場所について何らかの指示をしさえすれば、同条の「指定」があったといえる。

弁論の全趣旨によれば、本件において、K裁判官は、本件接見申出に対して本件処分によって、日時、場所を指示し、その処分内容を担当の大塚書記官を介して原告に電話連絡したことが認められるから、同条の「指定」は存在する。

2  次に、原告が、本件処分は刑事訴訟規則三〇条の要件を欠く指定であるから同条の指定の名に値しないとする点について検討すると、原告は、被告人Sに関して、逃亡、罪証隠滅のおそれはなかったとの主張をしていながら、同人の勾留自体の違法性や、保釈の要件の存在などの、逃亡、罪証隠滅のおそれの存在を疑わせるような事情の主張、立証は、一切していない。

更に、原告は、「仮に逃亡、罪証の隠滅のおそれが存在したとしても」という条件付きの主張ではあるが、K裁判官が、本件処分で法廷を接見場所として指定したことが裁量権を逸脱しているとの論拠として、法廷内で被告人と弁護人のみを在室させることは、逃亡のおそれや弁護人が被告人から危害を加えられる可能性があるなど、戒護の観点から問題があることを敢えて挙げている。原告がこのような主張をすること自体においては、被告人Sに関し、逃亡、罪証の隠滅のおそれ等戒護の必要があったことを前提にして、原告は、本件請求をしているものであることが認められる。

よって、本件において、「逃亡、罪証の隠滅のおそれ」について、被告による積極的な立証はなかったものの、右のような原告の主張に照らしても、弁論の全趣旨から、本件の場合、被告人Sに関して、逃亡のおそれ、または罪証隠滅のおそれは存在していたものと認めることができる。

以上により、本件処分は、同条の指定権の発生要件を満たしていると認めることができる。

二  本件処分に刑事訴訟規則三〇条の裁量権の範囲を逸脱した違法性があるか(本件処分によって原告の秘密交通権が侵害されたか)について

1  原告は、前記のとおり、本件処分は、(1)接見室ではなく、法廷内を指定したこと、(2)公判後の接見を申し入れたのに公判前の時間を指定したこと、(3)本件処分前に指定内容について、原告と協議する機会を設けなかったことを理由に、裁判官の裁量権の範囲を逸脱した違法がある旨主張するが、接見指定の内容及び手続について、刑事訴訟規則三〇条は、何ら形式的な制限を加えていないから、右の指定内容または指定手続をもって、直ちに、本件処分に裁量権の範囲を逸脱した違法性があると断じることはできない。

接見指定に裁量権の範囲を逸脱した違法があるか否かについては、当該接見指定によって、具体的に、秘密交通権が侵害されたか否かによって、実質的に判断するべきである。以下、この点について、判断する。

2  弁論の全趣旨によれば、原告は、本件処分がなされた時点で直ちに本件処分が違法なものであると即断し、本件法廷には現実には赴いていないことを認めることができる。

3  原告は、右事実関係のもとで「本件処分により原告の秘密交通権が侵害された」旨主張するものであるところ、弁論の全趣旨によれば、戒護上の観点からは必ずしも好ましい方法とはいえないが、法廷内での接見においても、法廷内に被告人及び弁護人のみを在室させ、これ以外の者を全て退室させた状況下で接見させることにより被告人と弁護人の秘密交通権を確保することが一応可能であることが認められる。

4  したがって、右事実関係のもとで、法廷内での接見指定により、現実に本件法廷に赴くまでもなく、直ちに秘密交通権が侵害されたと言いうるためには、本件処分以前にも名古屋地方裁判所において法廷を接見場所とする接見指定が複数回なされ、かつ、そのような接見の殆どについて拘置所職員、裁判所職員等の第三者が法廷内に在室するなど、秘密交通権が保障されない慣行的運用があったこと、または、本件処分において指定された法廷内外における当該指定時間の戒護体制が、秘密交通権を侵害するような状況にあったとの具体的な実情の主張立証を要するものと考えられる。

5  しかるに、右4記載の慣行的運用ないし具体的実情については、原告は、当裁判所からの度重なる釈明要求にもかかわらず、名古屋地方裁判所における接見指定の慣行的運用ないしは具体的実情について全く主張、立証をせず、本件処分時の法廷の具体的な状況についても言及するところがない。

かえって、被告から、法廷内での接見指定の事例として二件(①平成三年一二月一〇日の接見、受訴裁判所は刑事六部K裁判官、弁護人は稲垣清弁護士、事件は覚せい剤取締法違反被告事件、接見の時間は午前一一時一〇分ころから午前一一時一五分ころまで、②平成四年一〇月一六日の接見、受訴裁判所は刑事三部合議係、弁護人は清水誠治弁護士、事件は傷害致死被告事件、接見時間は午前九時五〇分から午前九時五五分まで)の紹介があり、このうち②については、立会人なくして接見をしていたことが報告されていることから、法廷内での接見において、必ずしも常に立会人が在室していたわけではなかったことが窺われる。

6 以上の検討によれば、本件処分により原告の秘密交通権が侵害されたとの具体的主張、立証がないのであるから、本件処分について、裁量権の範囲を逸脱した違法性があったとは認められず、その余の点を検討するまでもなく、原告の請求は理由がない。

三  以上のとおり、原告の請求は理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官柄夛貞介 裁判官髙橋裕 裁判官作原れい子)

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